第19話「鉱山楼」


ゲーム内ステージ説明
露天掘りの縦穴が特徴的な鉱山地帯。
崖には居住区が設けられており、鉱山と居住区が
一体化したような独特な雰囲気を生み出している。
最下層から居住区のある崖を見上げると
巨大な建造物に見えるため、鉱山楼と
呼ばれるようになった。


地震から2時間半後。
A島、港町。

「セリーナちゃん、具合どう?」

そんな言葉と共にテーブルに暖かい牛乳の入ったコップを置くセメレ。
セリーナはベッドから上半身だけ起こしてゆっくりと手を伸ばし、手元へ持ってきたコップをしばらく眺めた後、少しずつ口をつけた。

「はい、もう大丈夫です」

半分ほどに中身の減ったコップをテーブルに戻し、ベッドに座ったまま外を見る。
外は先ほどの地震での怪我人の手当て等で軽い混乱状態に陥っていた。町の人が言うには数年に一度こういう地震が起きるらしい。
セリーナたちの居る宿では建物は無事だったが中身はそうはいかず、セメレは倒れた荷物や割れた食器の片付けに忙しなく動いていた。

「セメレさん、やっぱり私も手伝います」

セリーナはそう言ってベッドから出ようとするがセメレに止められる。

「だ〜め、今日は休んでなさい。それに片付けなんてすぐ終わるし」
「でも・・・・」
「デモも体験版も無いの!さっきまで思い出したくも無いようなひどい表情で震えてた子を働かせられるわけ無いでしょ」
「それは・・・・」
「ともかく、今日はゆっくり休みなさい」
「・・・・わかりました」

セリーナはコップを手元へ寄せ、少しぬるくなった牛乳の残りをゆっくり飲む。

「飲み終わったらテーブルに置いといてね、片付けとくから」

セメレのそんな言葉が耳に入っているのかいないのか、無言で手元のコップをもてあそぶセリーナ。
やがて考え事をやめたのか、空になったコップをテーブルに置きベッドの中に潜り込んだ。

「・・・・・・・・・・・・」
「え?」

コップを片付けようと手を伸ばしたセメレが聞いたのは、ベッドの中からの声とも呼べないようなか細い『音』。
思わず聞き返すが、音の主からの返事は無い。だが、根拠は無いが彼女が何を言おうとしたのか、セメレはなんとなくわかった気がした。

「・・・・ちょっと、また町の様子を見てくるわね」

セメレはそう言って部屋を後にし、ドアを完全に閉めた後、小声で独り言をつぶやいた。

「あの馬鹿弟、何回セリーナちゃんを心配させれば気が済むんだよ。真性の大馬鹿弟が」


同時刻。
C島北部の飛行場。

「電話が無い!?」
「はい、この島は気候のせいで通信網の整備が遅れていまして、A島とすぐに連絡を取る事はできないんです」

まいった。実にまいったぞ。ガフェインはそう思いながら若い整備士に話を続ける。

「じゃあ、電話以外の連絡手段は」
「他に島の外へ連絡する手段といいますと、週に一度来る郵便機くらいです。でも、次に来るのは3日後で・・・・」
「ちくしょう、5分でも長すぎるってのに・・・」

ガフェインは一刻も早くセリーナ達へ連絡する必要を感じていた。自身の無事を知らせる事もそうだが、ガフェインにはもう一つ気がかりな事があった。
2時間半前に来たあの地震は、ガフェインとセリーナが9歳の子供だった頃に経験し、セリーナの地震嫌いの原因になった地震以来の強い地震だった。
ごく僅かな揺れでも青ざめてしまうセリーナが、あの時と同じくらいの地震の真っ只中に居たら・・・・、セリーナがどうなってしまうかはガフェインにもわからなかった。
すぐにA島へ引き返す事も考えたが、南岸の飛行場が墜落事故のせいで吹き飛んで使えないため港町まで直接飛ぶ必要がある。
だが渓谷を避けて海岸線を迂回した場合、燃料が足りずに墜落する可能性がある。
なら直線を飛べばどうなるか。地震であちこち崩落している渓谷や、乱気流の荒れ狂う渓谷上空など論外だ。
ガフェインにはもう進む道しか残されていなかった。

「くそ、もういい。この島にA島へ連絡できる設備は何かないのか?」
「え、えーと、他の島との連絡手段は全て島の南東部の『鉱山楼』と呼ばれている街に集約されてるんです。そこに行けば衛星電話や電報で連絡が出来ると思います」
「わかった。俺の機へ給油を頼む。大急ぎでだ!終わったら呼んでくれ、すぐに出る」
「わかりました!」


―なにやってんだよ」
「いくぞ」
『やだ』
「こんなところでじっとしててもつまんないよ」
『つまんなくない』
「だってなんにもおもしろいことなんか」
『もうちょっとでできるから』
「・・・・なにが?」
『あとすこしで―


「飛行士さん、終わりました!」

目を開けると若い整備士の顔が目に入る。
ガフェインはいつの間にか寝てしまったらしい。
体を起こし、近くの時計に目をやると、給油を頼んでから時計の分針が一回り半もしていることに気がついた。
この飛行場ではたかが給油に1時間半も使うのかと、そう思ったのが顔に出たのか出てないのかはわからないが、整備士が続ける。

「給油自体はすぐ終わりましたが、貴方が全然起きる気配を見せなくて。さっきからバケツで水をぶっかけてたところです」

辺りを見回すと一面水浸しになっている。整備士の足元にはカラになったバケツが転がっていた。

「あー・・・・ああ、そうか、わかった。・・・・ともかく給油が終わったのなら長居する必要は無いな。すぐ出発する。滑走路は空いてるな?」


セメレは悩んでいた。
自身、弟の幼馴染であるセリーナとは旧知の仲であったし、彼女のトラウマについても話で聞いた限りで知っていたのだが、
彼女の介抱は今まで彼女の家族かガフェインがしていた為、この点において完全に部外者なセメレは殆ど手探りの状態でセリーナの介抱を行っていた。
こんな時に限って居ない弟に文句の一つでも言ってやりたいと思っても、生憎と一時的に音信不通。
とりあえずセリーナの様子も落ち着き、彼女にも一人の時間が必要だろうと考えて適当に町をぶらついていた。
そろそろ戻ろうかと思った矢先、港の近くに大勢の人が集まっていて何やら騒ぎが起きているらしいという話を耳にした。
セメレは野次馬に行ってやろうと港へ向かうが、正面からジムが歩いてくる。セメレはジムのところへ駆け寄って話しかける。

「ジムさん、どうしたんですか?」
「セメレか、今セリーナちゃんはどこに?」
「今は宿の部屋の中ですが。何でセリーナちゃんを?」

ジムは話しかけた時の真剣な表情を崩さないで言った。

「落ち着いて聞け。ガフェインが目的地にしていた南岸の飛行場で爆発事故が起きたそうだ」
「え・・・・?そ、それって・・・・」
「近くの海で漁をしていた漁船が、大型機が横転して爆発するのを見たらしい」
「ガフェインはどうなったんですか!」
「まだわからない。だが火の手は滑走路全体に広がっていたそうだし、爆発の時に上空を飛ぶ飛行機は無かったそうだ。つまり・・・・」

ジムは目を伏せて先の言葉を噤んでしまう。

「わ、私、知らせてきます!」
「落ち着け!」

宿へ向かって走りだそうとしたセメレの腕をジムが掴む。

「何ですか、話なら後で聞きますから、今は早く伝えてあげないと!」
「そうしないように引き止めたんだ!ただでさえ地震で気が滅入ってる彼女に『ガフェインが死んだかもしれない』なんて伝えるつもりか!」

真実を伝えたら、今のセリーナの疲弊した心では耐えられなくなってしまうかもしれない。ジムはそう付け加えた。
真実というものは劇薬に似ている。確かに有無を言わさず人を納得させる大きな効果がある。しかし、受け手にそれを受け止める余裕が無ければ、真実は逆に猛毒になるのだ。

「この町でガフェインとセリーナちゃんの両方と接点がある人間は精々エレナとお前くらいだ。
後はエレナを抑えればとりあえず最悪のタイミングで話が伝わることは避けられるはず。お前の方でもエレナを探してくれ」
「わ、わかりました!」

セメレの返事を聞く間もなくジムは走り去っていった。
エレナが立ち寄りそうな所はジムが真っ先に調べに行くだろう。そう考えたセメレはセリーナの部屋の前でエレナを待ち構える事を思いつき宿へと走った。
宿の部屋の前に着いたセメレは、既にエレナがセリーナに真実を伝えていない事を祈りつつ鍵を開け、そのままドアを開く。

結果として、セメレは間に合っていた。部屋の中にエレナは居なかったのだ。
そして部屋に戻ってきたセメレを出迎えるはずの声も無かった。赤く輝く西日に照らされる空っぽになったベッド。
部屋の中に誰も居ない・・・・?。
全く状況が飲み込めないセメレにジムがエレナを伴って駆け寄ってきた。

「ジムさん・・・・」
「エレナにも事情は説明した。聞いた途端お前と同じように真っ先に駆け出そうとしたがな。
そっちの様子を見るに結構際どかったようだが、もう大丈夫だ。ご苦労だったな」
「探さなきゃ・・・・」
「ん?」
「セリーナちゃんがいなくなっちゃったんです!」


セメレさんたちは心配してくれてるみたいだけど、やっぱりガフェインからの電話は私が受けてあげよう。
でも・・・・遅いな。やっぱり向こうの電話が壊れてるのかな?そうだったら連絡したくてもできないよね。
それともやっぱり私への連絡なんか忘れて寝ちゃったのかな。ガフェイン、緊張が解けるとどこでも寝ちゃう癖があったから。
・・・・そういえば、ガフェインがそうなったのもあの日からだっけ。だったら、私のせいに、なるのかな・・・・。
うん、そうだよ、ガフェインはきっと寝ちゃったんだ。そうに決まってる。
そう、あの地図に油性ペンか何かで赤い丸が描かれた所、そこの飛行場に・・・・


日も落ちて夜空に満月が昇る頃、ガフェインはやっと連絡手段があるという街の近くまで飛んできた。
地形にぶつかる危険は無いであろう高度で計器のみを頼りに、時折レーダーを確認して飛行場を探す。

「街明かりでもあれば見つけやすいんだが、本当にここら辺で合ってるよな?」

地形に隠れてしまっているのか周囲を見回しても明かりの類は全く見当たらない。
街の明かりかと思って近づいてみれば池に月の光が反射していただけだったりし、
空は若干の雲があるものの晴れ、満月で明るいにも関わらず街探しはかなり難航していた。
反射した月明かりに騙されてもう何度目の再上昇になるか、前方の山のすぐ上を飛び越える。
すると、稜線の後ろから赤い航空障害灯が顔を出した。

「うわっ!危なっ!」

赤い光源に彩られたクレーンを掠めると、すりばち状になった縦穴の壁一面に煌く街明かりがガフェインを迎えた。


プル ガチャ
『ガフェイン!ガフェインだよね!!』
「うわっ!セリーナか?びっくりさせんなよ」
『無事?無事なんだよね?ガフェインが居る飛行場で爆発があったって騒ぎになってたから』
「へ?・・・・ああ、A島南岸の。うん、あったよ、大爆発」
『・・・・っ!?が、ガフェイン・・・・生きてるんだよね?』
「・・・・・・・・・・・・」
『えっ・・・・?もしかして・・・・そんな!嘘でしょ!』
「・・・・・・・・・・・・」
『何とか言ってよ!ガフェイン!ねえ!!』
「あのさあ、涙声になってるところ悪いんだけど、このやりとり、前もした気がするんだが?」
『え?』
「死人と話ができるならいつか戦争で死んだ俺の大叔父と話をしてもらうか」
『・・・・あ、そうだよね。死んじゃった人とは話できないか』
「何だ、結局できないのか。残念」
『ごめん・・・・って、そんなことはどうでもいい!無事なの?』
「ああ、今はC島の鉱山楼って場所に居てな、C島は連絡設備が無くて苦労しちまったよハハハ」
『ハハハって、私がどれだけ心配したか・・・・』
「それで、地震あったけどそっちは大丈夫だったか?」
『うん、セメレさんたちが助けてくれたから大丈夫。・・・・え?はい。ガフェイン、ジムさんが話があるみたい。代わるよ』
「セリーナ、もう一つ」
『え?どうかした?』
「心配させてすまなかった」
『・・・・。もう!ほんとだよ。このバカ!じゃあ代わるからね!』
「ああ」
『ガフェインか!良かった、心配したぞ!それで、鉱山楼に居るんだって?』
「え?さっきの電話聞こえてたんですか?」
『ああ、受信側は本体のスピーカーの方から音出してたからな。ったく、ノロケも大概にしとけよ?』
「ぐっ・・・・で、わざわざそれを言いに代わったんですか?」
『おっと忘れてた。それで、あの飛行場で何があった。どうやって助かった』
「それは・・・・え?もうすぐ時間?あ・・・・はい・・・・すいません」
『どうした?』
「い、いや、実はこの街に降りる時に、どこが飛行場かわからなくて・・・・
最下層の駅のホームが丁度よく広くて開いてたから・・・・それで今警察のご厄介になってて」
『おい・・・・』
「俺の身元を保証できる人に電話するって言って5分だけ許されたんですけど・・・・ああっ待って!まだ終わってないから!切らないd・・・・」
ツーツーツー・・・・


第20話に続く


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