第18話「空中給油機」
ガフェイン到着の少し前。
A島南部、C島に面した海岸付近の飛行場。
飛行場の整備士。
今日も今日とて退屈だ。格納庫脇の椅子に腰掛けてあくびをしながらそう思った。
今日はC島へ向かう機が来るというから、補給という名のもてなしで退屈はしないはずだったんだがな。迷宮渓谷経由で一時間前に来るはずだったそいつは一向に現れない。こりゃ死んだか。全く、余計な好奇心を出さなければ今頃ここに座って忙しなく働く俺達を眺めていられた身分だったろうに。
そういえば今日はここへの燃料と物資の輸送のために大型機が来るんだっけか。それが来ればどちらにせよ退屈はしないで済みそうだ。
あ、補給用の燃料が昨日送り出した機の分で丁度底を尽いてるからC島行きの奴が時間通りに着いててもこっちの作業が終わるまでは燃料の補給は出来ないんだっけ。って何意味の無い事を考えてんだか。これも退屈のせいだな。
と、大型機がおいでなすった。さて、ちゃっちゃと終わらせて今日の仕事を終わらせちまおう。
ん?何か足元が揺れたような・・・・。
なんだ!?地震か?それもかなり大きい。立つのもやっとだ。おいおい、これはまずくないか?大型機が着陸態勢に入ってるってのに。ちょ、バランス崩しやがった!エンジン引きずってプロペラ吹き飛ばしながらこっちへ曲がってきてるぞ!
うわっ!危ねぇっ!咄嗟に屈まなかったら頭を翼に打ち付けてた。こんな映画みたいな光景、椅子に座って居眠りこいてた俺の夢なんじゃないのか!?
・・・・力が抜ける。立つ事もできない。畜生、口の中に砂が入っちまった。
背中が熱い。焼けた石を押し付けられているみたいに。
背中から腋下へ何かが流れている。触ろうにも手が動かない。
オレンジ色の何かに取り囲まれてる。眩しくて目を開けてられない。
あつい
あついあつい
あついあついあついあついあついあついあついあついあ
ほぼ同時刻。
A島西岸の港町。酒場。
セリーナ、セメレ、エレナの三人。
セリーナがため息をつく。
「はぁ・・・・。ううう、遅い・・・・」
隣に居るセメレも頷いて言う。
「ったくあの甲斐性無し、また連絡サボってるのかな〜。も〜本当にあの馬鹿弟は!」
「ばかおと・・・・、まあ今回に限って連絡できない状況にあったりするのかもよ?」
「いーえエレナさん、あたしは絶っ対忘れてるだけだと思いますね。この携帯ラジオを賭けてもいいです。大体、連絡できない状況って何ですか」
「それは・・・・えと・・・・、えと・・・・、た、例えば途中で落っこちたとか」
「え・・・・?ええええええ!?」
エレナの咄嗟についた言葉にセリーナが叫びにも似た大声を出す。
「た、例え話よセリーナちゃん。決してそうと決まったわけでは・・・・」
「確かに、黒コゲのバラバラじゃ連絡のし様が無いですよね」
「黒コゲ!?バラバラ!?」
「セメレさん!冗談に聞こえないからガフェイン君が落っこちたって前提で話をしないで〜!セリーナちゃんもいちいち過剰反応して大声出さない!皆見てるから〜!」
「うっ、確かにちょっとからかい過ぎたかも・・・・。セリーナちゃんごめんね、大丈夫?」
「は、はい、大丈夫です。でも、まだ連絡が来ないからもしかして・・・・」
そう話すセリーナの声はすっかり涙声になっていた。
「む、向こうの電話が壊れてるからかもしれないよ?あー、それとも実はハンパ無い下痢で今もトイレで唸ってるとか」
「それもあまり想像したくない例えね・・・・」
「ああ!もしかして遺跡を見つけたからかも!」
例えるなら、学校の掃除の時間にクラス全員が自分の机を教室の端に寄せるような、そんなけたたましい程の椅子の音を立てて周囲の飛行機乗り全員がセリーナたちの方を向く。
・・・・・・・・。
しばし沈黙する酒場。
「散れー!こっち見んなー!あっち行けー!」
エレナが両手を振り回し大声で叫ぶと飛行機乗りたちはばつが悪そうに視線をそらした。
「まったく、みんなこういう話題には敏感だから困るわ。って、あんたもそのクチみたいねジム。」
「・・・・まあな、だがあいつの腕を考えれば案外それも的外れでもないと思うぞ」
外から入ってきたジムが同じテーブルにつき話題に混じる。
「あ、ジムさん」
「よう。お前ら三人があんまりうるさいから何の話をしてるのか気になってな」
「骨折は大丈夫なんですか?」
「ああ、医者の見立てでは今週中にはギプスを外せるらしい」
「ほんと、怪我の治りだけは早いよねぇあんたは」
「他はみんなトロいみたいな言い方すんなよ」
「おっとそうだったね。もう一つ早いところが、あっ・たっ・けぇ?? ・・・・夜の方(ボソ 」
「張っ倒すぞこら。ってわけで治ったらリハビリがてらガフェインを追いかけようと思う。なに、心配すんな。ただの慣らし程度だ」
「慣らし、ねぇ?」
「ま、C島は俺の庭みたいなもんだから何処を飛んでも慣らしにしかならんけどな。ところで、セリーナちゃんはやっぱりガフェインを追いかけるんだろ?」
「えっと、フロートをC島に送ってくれとは言われてるんですが、私自身はどうしようかまだ決めてないんです。B島へついて行った時もなんだか迷惑そうでしたし」
「ここは行ってあげなー。こういう時にポイントを稼いでおくの!それにガフェイン君だって表面上はツンケンしてても実際頼りにしてるわけだし、それに・・・・」
エレナの発言を遮るようにセメレが言った。言ってしまった。
「なら、逆に行かないでおいてガフェインに『ああ、俺はセリーナが居ないと駄目な男なんだ』って実感させるのも良いかもしれないよね〜」
「・・・・それを実感するのが激突死一秒前で無ければいいがな」
頬杖をつきそっぽを向きながら呟くジム。こころなしかその顔は不機嫌を振りまいているようにも見える。
「あっ・・・・・・・・」
「うっ・・・・ごめん・・・・ごめんなさい」
「・・・・・・・・」
はっとした表情で固まるセリーナとジムの発言の真意に気づき視線を落としながら謝るセメレ、エレナは『やっちゃった・・・・』という表情でただ黙って見ている事しかできないようだ。
普段のガフェインとのやり取りが多少の起伏はあれ平凡すぎるために、彼が何度も死地に近い状況に身を置いている事が意識から抜け落ちていた。
まして対象は弟だから、『多少の』冗談が混じるのは仕方ない、ということはジムも理解している。しているが、それでも同業者、それも命の恩人の命を軽視したセメレの発言には腹を据えかねるものがあったのだ。
セリーナも、自分がガフェインの命を握っている自覚を常に持つ必要性を感じていた。
ガフェインが自由に飛ぶためには、前だけを見据えて飛ぶためには、後ろに私が居ないと駄目なのだと。
何を言われようと、どこへ行こうと、整備を信頼してくれる限りついていく。それが危険な場所へ赴くガフェインの為に唯一してあげられることなのだと。
「す、すいません。私、準備があるのでこれで!」
セリーナは宿へ戻るために走ろうとしたが、すぐに立ち止まって振り返る。
「ジムさん、ありがとうございます」
セリーナがそう言うと、ジムは「行ってこい」と頷いた。そのままセリーナを見送ると、黙ってうつむいているセメレに視線を戻す。
「ま、今あった事を忘れなけりゃそれでいい。お前も手伝いに行ってやれ」
セメレは黙って頷き、セリーナの後を追いかけていった。
「やれやれ・・・・」
ジムがため息混じりに呟くと、嵐が過ぎ去るまで黙っていたエレナが言った。
「いやいや見事な名裁き」
「茶化すな。助け舟を出そうともしなかった薄情者め」
「だってすぐ終わるってわかってるもん。ジムって怒るの下手だし」
「うるせぇな。そんなに言うなら今からでも・・・・ん?」
何か足元が揺れたような・・・・。
少し後。
A島とC島を繋ぐ海峡付近の空域。
『やっと応答があったか、こちらは空中給油機エムロード。そちらはサヴォイアか?』
「生憎と俺はサヴォイアじゃない。何が起きた」
『こちらでも状況が掴めない。そちらの位置は?』
「A島の南岸、海岸線沿いを飛行中だ」
『了解。先程、当機で給油を行った輸送機から妙な無線が発信され、直後に通信が途絶えた。その辺りで何か変わった出来事は無いか?』
「真下で大型機がバラバラになって飛行場ごと盛大に燃えてる。チラッと青い宝石みたいなエンブレムを付けてるのが見えた」
『なに!?なんてこった!っていうか最初に言えよ!』
「それで、滑走路も使えず進む燃料も戻る燃料も無い。そちらは空中給油機と言ったな、給油はできるか?」
『機種によるな。そちらの機種は?』
「Bf-109だ」
『確かに油種は大丈夫だが・・・それ空中給油に対応してるのか?』
「大丈夫だ。ウチの前の整備士がだいぶ前に付けてたらしいからな。胴体上部に空中給油用の給油口が付いてる」
『なら大丈夫か。では飛行場からそのまま南へ飛んでくれ。岩礁の辺りで合流できるはずだ』
「了解した。そっちもなるべく急いでくれよ」
ガフェインは針路を変え、南へ向かう。なんとか燃料が切れる前に合流しなければ全部終わってしまう。出力を調節し、燃料を節約しながら飛行していく。
レーダーの探知範囲最大。探知精度が悪くなるが給油機クラスの大型機ならば見落とす事はないだろう。
真下を通り過ぎる海原と徐々に大きくなる岩礁の姿。レーダーにはまだ何も映らない。
焦る気持ちだけが募っていく。慌てても落ち着いても使う燃料の量は変わらない。どうにもできないのがじれったくなる。
海上を東から吹いている風に煽られて進行方向が左側へとずれていく。
余計な燃料を使ってしまうと悲観すべきか、真正面から吹いてこなかったことを喜ぶべきか考えながら針路修正。
レーダーに目をやると、斜め左側から光点が近づいてくる。給油機を見つけた!
向こうもこちらを捉えたらしく、岩礁の上を飛ぶように針路を変更している。
『こちらエムロード。現在高度600mを飛行中だ。そちらの機体を確認。これより給油態勢に入る。小型機用のカゴを降ろすからちょっと待ってろ』
「了解」
給油機を視界に納めた。大型の四発機の胴体下から給油装置らしき物がせり出してくる。
コの字型のそれは下まで降りきった後、左右に広がりカゴのような形状に変形した。
金属製の枠に緩衝材と思しきゴムタイヤがつけられたドッキング装置のような物だ。
『給油態勢に入った。こちらに速度を合わせて進入してくれ。間違っても本体にはぶつけるなよ、給油機は貴重品なんだ』
「じゃあそうならないようお祈りでもしとくんだな!」
給油機の20mほど上空まで上がった。残りの燃料は・・・すでに10%を切っている。ギリギリ2回が限度、あまりのんびりはしていられない。
エンジン出力を下げ、速度・高度を合わせつつ接近する。
プロペラをぶつけないように枠の中へ進入しなければならない。プロペラ径が純正品より小さい二重型を使っているからその分だけ楽になると信じたい。
『少し速すぎる、減速してくれ』
「了解ッ・・・・うおっ!」
突然の強風でガフェインの機体はバランスを崩してしまった。こうなった以上仕切りなおすしかない。
一旦高度を下げ、スロットル全開でインメルマンターン。再び給油機の背後についた。
「今度こそ!」
・・・と、そんな意気込みもつかの間、エンジンが止まる。
「あっ・・・・・・・・」
ギリギリ2回と見積もっていた燃料は、主に時間のかけすぎとインメルマンターンのせいで完全に尽きていた。
あれっ?なんかデジャブを感じるぞ。
『おい、離れてるぞ!どうした!まさか!』
「燃料が・・・・無くなった・・・・ちくしょう」
『くそ・・・・どうすることもできない。残念だ・・・・』
徐々に給油機から離されていく。高度も徐々に下がってきた。
くそ、ここで終わりか・・・・。ああ、あの時居眠りこかなきゃ今頃は・・・・。
このまま海に不時着したら、その辺の岩によじ登って助けを待つ事になるのかな。何日も何日も。
もし給油機から連絡がいったとしても、島の間じゃ探すだけでも一苦労だ。例えるなら、砂漠の砂の中から小さじ一杯分のハッ○ーターンの粉を探すようなものだ。
きっと三日探して見つからなかったら死人扱いだろうな。
つまり俺の人生は
ここで
終わり
・・・・
に!
する!
わけ!
には!
いかない!
「まだまだァ!!」
ブースト制御をマニュアルに変更。小刻みにブーストを吹かしながら速度と高度を上げる。
「エムロード、まだカゴはしまってないだろうな!」
『え?ああ、まだ出したままだ』
「そのまま出してろ、今から給油に向かう!」
『はあ!?この状態で何言ってやがる!おかしくなっ・・・・てえぇー!?』
エムロードの乗員が見たのは、プロペラも動いていないのに高度と速度を上げながら近づいてくるBf-109の姿だった。しかも安定した加速ではなく、大きな音と共に急加速急上昇したと思うと水平飛行し、また思い出したように爆音と共に急加速急上昇という不気味な動きをしていた。
もちろん、ブーストを適度に冷却して熱量が上がり過ぎないように使っているという理由あってのことなのだが、この諸島ですらキワモノパーツ扱いのブーストを使っている人間がいると考えるはずもなく、ブーストの加圧に耐えるためにガフェインがブーストを吹かすたびに唸り声を上げていたせいもあり、結果的にエムロード乗員にある非現実的な結論を抱かせるに至る。
「よし、いける!やってやるぞ!」
給油機のカゴまであとわずか。ここで熱量もギリギリのブーストを吹かした。
「行けぇ!!」
急加速の後にカゴへ突っ込むガフェインの機体。
「入ったぞ!固定してくれ!」
『あ、ああ!』
コの字のカゴの後ろから安全バーのようなものが降り、機体は完全に固定された。
「ふう・・・・何とかなった」
『・・・・・・・・』
安堵するガフェインと呆然としたままの無線の声。そのまま静寂に包まれる無線。
「おい」
『え・・・・あ・・・・な、何だ!』
「給油は?」
『そ、そうだな、今やる!』
Bf-109の給油口が開けられ、給油機からノズルが降りてくる。
「へー、ノズルの先をラジコンみたいに動かせるのか。なんか面白そうだな」
『・・・・・・・・』
その後、給油終了まで無言の時間が続いた。
給油完了後、ガフェインは緩衝材としか思っていなかったタイヤに、回転させる事によって給油が終わった機体を後ろに押し出すカタパルトみたいな役目があったことに驚きながら、給油機の横で軽く翼を振って挨拶しC島へ向かうことにした。
「あ、そういえば燃料の代金はどこで払えばいい?」
『いらんよ。サヴォイア墜落の知らせの情報料だ。どっちにしろ、うちの会社はサヴォイアが墜ちた事で大騒ぎだろうからな。多少ちょろまかしても大丈夫さ』
「そうか、じゃ、世話になったな」
『そういえば、あんた一体・・・・ザザー・・・・』
「あれ?おーい、もしもーし。無線の調子悪くなったかな?」
この後、A島に立ち寄ったエムロードの乗員達によって広められた、
“燃料切れの飛行機を気合だけで飛ばしたパイロットの噂”
をガフェインが知るのはまた別のお話である。
第19話に続く
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