第15話「巨木の森」


ゲーム内ステージ説明
他の島では見ることのできない、
高さ100mの巨木が形成して生まれた深き森。
一説では魔女の住む森とも言われ、多くの冒険家がこの
森に挑んだが、木々の連なりの先に隠された
遺跡を見た者はいまだ一人もいない。


ジム救出の数日前。
B島北部森林地帯。通称『魔女の住む森』
気球で移動中の開拓者たち。

「ったく、なんとなく気味の悪い森だな。」
「ああ、その上実際に行方不明者が出ているんだから益々気味が悪い。」
そう愚痴りながら木々の上を飛ぶ気球から辺りを見回す。特に変わった様子は無く、目に入るのは馬鹿でかい木々が連なった針葉樹林と、時折壁のように横たわる特別険しくも無い岩山だけ。
山脈の近くと違ってこの近辺の天候は穏やかだ。嵐はおろか強風も滅多に吹かない。普通ならこんな場所の開拓なんてすぐにでも終わりそうなものだ。

「こんな場所で落ちる間抜けが多いなんて信じられないぜ。見た限りじゃなんとも無い森なんだがな。」

話によると、この森へ飛んで行った飛行機や気球が次々と行方不明になっているらしく、そのおかげでこの地域の開拓が遅々として進んでいないそうだ。それに加えて、この地域には大昔に作られた遺跡が存在しているらしい。そんな経緯から、『魔女の住む森』と呼ばれる地域で起こったこの怪現象は『魔女の呪い』と呼ばれ恐れられている。

「ケッ、魔法やら呪いやら、くだらねぇ。そんなもんあるわけねぇだろ。」
「にしても、でっけぇ木だな。あれ一本だけで家が建ちそうだ。枝なんかも普通の木くらいの太さがあるぜ。」
「あれだけでかいと切るのも一苦労だがな。それに岩山を何とかしないと運ぶ事もできない。」

そう言って眼下にあるはずの岩山に目を落とす。

「なあ、さっきから岩山が近づいてくる気がするんだが。」
「何?この高度なら岩山の上を軽く越えられるは―――。」

高度計に目をやった男の口が止まる。

「おい、高度を上げろ、落ちるぞ!」
「ど、どうしたってんだ!?」

高度計はすごい速さで自分たちが落下していることを告げていた。瞬く間に視界が岩山で覆われていく。
頭の中に浮かんだ言葉を発する時間さえも無く・・・

「死にたくな

激しく叩きつけられ潰れる音が彼らの聞いた最後の音だった。


ジム救出の翌日。
巨大山脈の麓の飛行場、そこで翼を休める鳥たちが数羽。

「おーい、ガフェイーン。早く起きないと遅刻しちゃうよー?」

朝、気がつくとそんな声が聞こえた。寝ぼけているせいか意味が良く理解できない。

「ねーねー、今から起きないとまた先生に怒られちゃうよー?」

ああ?もうそんな時間なのか・・・?
うっすら目を開けて壁の時計を見る。7時59分。
なんだ、まだ余裕あんじゃねぇか。こう見えても遅刻に対しての回避性能にはクラスメイトの間で定評があるんだ。まだ慌てるような時間じゃない。それに怒られているったっていつもギリギリを極めている事に対してであって遅刻そのものは1回もしたことは無いはずだ。
そういうわけだからおやすみ・・・・・。
て。
アホか。

「ハイスクールは2年も前に卒業したわ!!」

大声でツッコミを返した後、体を起こし声の主の方を向く。すると椅子に座ってこちらを見ていたセリーナと目が合った。

「・・・・お前、何やってんの?」
「いや、ガフェインを起こしてあげようかと。」
「で、さっきの言動は?」
「いや・・・それは・・・・あれよ、幼なじみネタの定番だし・・・。」
「残念ながらこれ学園モノじゃないんだ。」
「・・・・・・ごめん。」

いくら幼なじみ設定が形骸化しているとはいえ、そういうやり方はいただけないな。

「で、何でここに居るんだ?」
「外を見てみればわかるよ。」

部屋から外を見てみる。
なるほど、先日見た病院機にまた便乗させてもらったわけか。もはや驚きも無い。あの医者には後で礼を言っておくか。

朝食を済ませて格納庫へ向かう。途中でセリーナが話しかけてきた。

「ねぇ。」
「何だ。」
「昨日、電話途中で切ったよね?」
「急ぎの用があったからな。」
「それで?まだ答えを聞かせて貰って無いけど。」
「・・・・・ジムさんは無事・・・・ってわけでも無いな。左腕を骨折してるし。まあ命に別状は無いそうだ。」
「ジムさんに何かあったの?」
「あれ?誰かから聞いたりしてないのか?」
「今朝ここに着いたら寄り道とかほとんどしないでガフェインの部屋に行ったからね。詳しい事はガフェインに聞こうと思って。」
「そっか、まあちょっとしたトラブルだ。大した事無い。本人は機体も壊れてその上骨折だからしばらくは飛べないだろうが。」

嘘だった。自分でも危険だと思ったことをしただけに本当の事を言うとちょっとうるさそうだし、終わった事でセリーナを心配させる事も無いだろう。

「大した事無い?具体的には何があったの?」
「まあ、程度の軽いミスだ。特に説明が必要な事も無いな。敢えて言うことがあるとすれば、『飛んでいるうちは気を抜かないようにしよう』って教訓くらいか。」
「心配するような事は何も起こってないのね?」
「・・・・だからそう言ってるだろ。あ、ジムさんから奥さんに伝言頼まれてたんだった。ちょっと行ってくるから先に機体診ておいてくれ。」

そういって踵を返して走って戻ることにした。

連絡を終えたついでにジムの見舞いに行く事にするか。
ドアを開けると読書中のジムが見えた。

「ジムさん、調子はどうですか?」
「お、ガフェインか。まあ調子はぼちぼちだな。」

近くの椅子を持ってきて座る。

「ガフェイン、家内への連絡は済ませてくれたか?」
「はい、今さっき電話してきたところです。」
「そうか、すまないな。」
「ところで、何の本読んでるんですか?官能小説?」
「アホか、ごくごく普通の小説だ。官能小説なんぞ読んでも勃ちもせんわ。」
「へぇ、じゃあどういう内容なんですか?」
「内容は・・・・そうだな、貴族の娘と彼女を守る役目を仰せつかった騎士のタマゴの恋愛を描いた恋あり笑いあり涙ありの恋愛小説だ。ストーリーもそうだが所々に差し込まれる笑いの要素が特に好きでな、さっきも本を片手に大笑いしたところだ。」
「ケガ人がそんな大笑いしていいんですか?」
「だからこそ笑うんだ。万病に効く最高の薬は『笑い』だよ。実際に笑う事や笑顔でいる事は体にとってプラスに働くそうだしな。」
「確かに暗い顔してるよりいつも笑ってた方が怪我や病気の治りも早そうですよね。」

ジムは頷いて本に視線を戻す。

「でも、治った後はどうするんです?機体も失くしてしまいましたし。」
「・・・・・・・。」

少しの沈黙の後、ジムが答えた。

「幸いな事に続ける事自体は可能だ。A島の港町には俺の機体の予備パーツが一機分揃えてあるからな。それを組み立てればまた飛ぶことはできる。だが―」
「もうここら辺が潮時なんじゃないか、と思っている。ですか?」
「人の考えを先に言うな。お前はエスパーか。」

別に予想する事は難しくない。一度墜落を経験してしまうと恐怖が邪魔をして二度と空に上がれなくなってしまうことがある。そういう例を数人ほど見てき―

「確かにお前の思う通り恐怖もあるかもしれない。」
「会話外の文章を読まないでくださいよ!」
「さっきのお返しだ。まあ最大の理由はお前だ、ガフェイン。」
「俺?」
「機体の違いはあるとはいえ、俺が何年も苦労していた山脈を新参のお前に越えられちゃ俺も自分の時代が終わった事を自覚しないわけにはいかないからな。」
「なんか俺のせいで諦めることになったみたいに聞こえますね。」
「そんなこと言うなって、むしろ引き際を読む目が老いた俺に冒険家人生の引き際を教えてくれた存在なんだお前は。」
「そうですか。」
「新しい風は吹き始めた。これからはお前らの時代だよ。俺はそれを見守ることにする。」
「ジムさん、でも―」
「折角格好良いこと言ったんだから途中で台無しにするような野暮な事は言わないよな?」
「・・・・わかりました。」
「A島へは病院機に乗せてもらって帰るつもりだ。その後は後進の育成でもやってみることにするよ。引退するとはいえ翼を畳む気はしばらく起きないしな。」

確かにこの古強者に鍛えられれば、新米でも手ごわい飛行士に育つだろう。

「話は変わるがガフェイン、これから西にある森を目指すんだよな?」
「ええ、遺跡があるかもしれないという噂を耳にしているので。未踏査地区だからあっても不思議じゃない。」
「あそこには気をつけろよ。不気味な噂が絶えない。」
「あの地域の行方不明者の数は聞いてます。特に難所でも無さそうなのに異常に多い。」
「この前落ちた気球の無線記録によると、高度を十分に取っていたはずなのに岩に叩きつけられている。強風が吹いたりした様子も無いのに気がついたらドカンだ。上空に何かあると考えてもいいだろう。」
「となると、上は飛べませんね。残るは洞窟と木々の間を抜けるルートだけか・・・・。」
「ともかく油断は絶対するな。『魔女の住む森』なんて言われるくらいだ。舐めてかかったら死ぬぞ。」
「わかりました。」
「さて、話は終わりだ。さっさとセリーナちゃんの側に行ってやれ。」
「え?セリーナがここに来た事を知ってるんですか?」
「知ってるも何も、飛行場の連中に話を聞いてすぐに俺の見舞いに来てくれたぞ。」

何だって?セリーナは確か、寄り道はほとんどしないで来た、と言っていたが。

「まあ時間にして一、二分くらいだ。状況をかいつまんで話した後すぐにお前の所に行かせたぞ。」
「どこまで話したんですか・・・・?」
「俺が雪山で落っこちた後、ガフェイン主導の大掛かりな救出作戦を経て現在に至る、までだな。」

ちくしょう、ほぼ全部か・・・・。セリーナが俺に対して投げかけた質問は救出の詳細を聞こうとしたものだったのだろう。心配させないように大した事は無いと嘘をついたが完全に裏目に出たな。

「じゃ、じゃあ俺はこれで。」

返事を待たずに駆け出していた。自分の中の何か説明できない感情に『早く行ってやれ』と突き動かされている気がした。

格納庫の入り口から、愛機の場所付近を見回す。セリーナの姿は見えないが工具箱が開けっ放しで放置されているのが見えた。普段、道具を放置する事は絶対しないセリーナが珍しい。それとも格納庫内のどこかに居るのか?
そう思い格納庫の中に足を踏み入れると、背後から首を掴まれそのまま後ろに倒された。

「がふっ・・・・」
「やっと来たの?ガフェイン。」
「セ、セリーナ!?何を・・・・。」

倒れたガフェインに対しセリーナが馬乗りになってきた。

「このバカ野郎!」

そのまま殴られる。女だし殴られる心当たりがあるといえばあるので反撃というわけにもいかない、どうにか宥めないといけないな。

「ギブギブ!悪かった、俺が悪かっ・・・・痛い痛い!」
「うるさい!どうせ何に対して怒ってるかもわかって無いくせに!」
「わかってる、わかってるってば!だから殴るな!」

セリーナの手が止まる。

「本当にわかってるの?言ってみて。」
「えーと、ジムの救出の詳細を嘘ついて教えなくてすまなかった。これでいいだろ?」

セリーナに笑いかけてみる。しかし当のセリーナはまだ険しい表情のまま。

「ファイナルアンサー?」
「ファイアルアンサー!」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「ざーんねん!」

暴行再開。ちなみに周りで見ている連中は助けてくれそうに無い。

「ちょ、痛っ、だったら何なんだよ!」
「ブーストを何処に捨てた!吐け!」

ああ、そっちじゃなくてこっちか。

「ブースtぐへっ・・・・って、殴られてたら喋れんだろうが!」

殴っていた腕を掴んで止めた。

「で?何処へ捨てたの?」
「山頂。」
「ふーん、そんな所へハードポイントごと捨ててくるなんて、よっぽど死にたいみたいね。」
「生憎と、俺はふかふかなベッドの上以外で死ぬ気は無い。あの時も仕方なかったんだ。聞いてくれるか?」

セリーナが腕に込めていた力を抜く。それを確認してから掴んでいた腕を放した。

「言い訳でも聞くだけ聞いてあげる。で、何で?」
「山頂間近という所で燃料が切れてエンジンが止まり、ブーストも反応が無かったから機体を軽くするために捨てた。捨てなきゃ今頃ここには居なかった。あそこで使えてれば捨てなくてもいけたんだがな。まあ燃料が切れたのは完全に俺のミスだったが。と、こんなところだ。満足か?」
「・・・・・・・・。」
「どうした?」
「ブーストが使えなかった・・・・?」
「どっかに雪が詰まったんだろ、俺は構造とか良く知らんけど。幸い、パージ機能の方は生きてて助かったが。」
「そのせいで、ガフェインが死んでたかもしれない・・・・。」
「おいおい、あんまり深く考え込むな。」
「私のせいで・・・・・また・・・あうっ!」

セリーナの額に強烈なでこぴんをお見舞いする。たまに思考を暗闇に持っていくことがあるなコイツ。

「もう誤解は解けただろ?だからそろそろ俺の上からどいてくれ。この体勢のままだと色々誤解されかねん。」
「あ、ご、ごめ・・・・・・ッ―!」

顔を真っ赤にして慌てて飛び退くセリーナ。

「ま、ミスなんて誰にでもあることだ。これから挽回していけばいい。ってことで、これからも頼むな。」
「・・・・・・うん、ありがとう。ごめん、知らずに殴ったりして。」
「全くだ。痛ってぇ・・・・。」

とりあえず今日は機体の整備が終わるまで付き合う事にした。


ガフェインは『魔女の住む森』の間近で給油を受けていた。
あの後セリーナとは特に会話も無く一日を終えてしまった。何か一言かけてやれれば良かったのだが、上手く言葉が思いつかなかった。
思うにセリーナはブーストの作動不良の件を引きずっているのではないか。今日の朝見送りに来たセリーナの顔は笑っていたが、一瞬だけ悲しそうな顔になった。あのまま元気が無い状態が続くのも良くないな。A島に戻ったら色々付き合って元気付けてやるか。
給油が終わったのでフライトの準備を始める。
準備を終えてコックピットへ入り、エンジンを始動させる。
離陸を終えると簡単に挙動のチェックを行った。今日も機体はゴキゲンのようだ。そうして古城の上を通り過ぎると高度を下げてライトを点灯し、洞窟に入る。
短い洞窟を抜けると森林地帯へと入る。巨木たちが当たり前のように視界のあちらこちらに生い茂っていた。

「まるで自分が小さくなったみたいだな。」

時折見える岩山をかわしながら、高度を上げすぎないように進んでいく。
その先に見えた洞窟に入ると、中はかなり狭かった。広さ自体は巨大山脈の峡谷と変わらないが、ライトで照らされた範囲しか見えず上への逃げ道も無いため、こちらの方が数倍残酷である。無論、大空洞とは比べ物にならない。
時折起こる落石をかわし、曲がりくねった道を進んでいくと、洞窟の外へ出る。
そこに広がったのはまた森林地帯だが、更に進んでいくと何かが見えた。
近づいていくにつれ形がはっきりとしてくる。人工物・・・・・・遺跡か。
すぐにギアを降ろし遺跡に着陸する。
機体から降りて辺りを見回すと、遺跡の一角に入り口のような物が見えた。中を歩いて探索していると大空洞の遺跡の時と同じ感覚を持った。

「やっぱり・・・・生活の痕跡が無い。」

この遺跡は何の為に作られたんだ。
そして大空洞と同じように木箱を見つける。開けてみると地図の切れ端のようなものが入っていた。
その後、再び離陸してしばらく進むと、洞窟を抜けたところで飛行場が見えた。
落ち着いてギアを降ろし着陸する。
ライトを消し、機体を格納庫まで入れると疲労感がどっと押し寄せてきた。流石に今日の飛行は精神に相当堪えたようだ。コックピットから出ると強い眠気に襲われた。
おぼつかない足取りで宿を確保すると部屋に直行してすぐに眠り込んでしまった。


第16話に続く


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