第14話「疲れ者に休憩なし」


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発信されている救難信号は、モールス信号のSとOを延々繰り返すだけのシンプルなものだ。それ故に見つけやすく、また延々繰り返すという点では混線による一時的なものでもない事がわかる。

救難信号が確認されてから飛行場はにわかに慌しさを見せ始めている。飛行場の事務所では救出方法についての会議が急遽開かれた。

「・・・で、まずは状況の整理だが、救難信号が確認されたのは1時間前。
昨日、山脈で遭難した飛行士がいる事から信号の主はおそらく彼だろう。発信位置は飛行場の西南西の方角で、状況から考えて山の近辺だ。
本来、山脈越えの道中で墜落している以上生存している事はありえないのだが、救難信号の発信機は人の手でスイッチを入れなければ作動しない作りになっている。それを考えると、遭難した飛行士はおそらく生存しているだろう。
だが、この雪山で遭難してるんだ。無事で済んでいる筈は無い。事態は一刻を争う事になる。そのつもりで会議に臨んでくれ。」

会議に参加しているのはガフェインを含めて4人。他は飛行場の管理者と、整備士長と備品室管理人の老人である。飛行場の管理者が続ける。

「本題に入るが、具体的な救出方法の案はどうする。」

ガフェインが手を上げる。

「この辺にヘリコプターか気球は無いのか?開拓が進められている最中の土地だし、無いことは無いと思うが。」

それに答えるように整備士長が手を上げる。

「あいにく、金の無い小国のそのまた辺境にはヘリコプターなんて気の利いたものは置いちゃあいないな。
気球も残念ながらこの前『魔女の住む森』に喰われちまった。」

少なくとも気球があったなら救出は楽にできるのだが。
飛行場の管理者が手を上げる。

「何とか強行着陸して拾い上げられないものかな。」

今度はガフェインが答える。

「Bf-109は一人乗りだ。子供ならわからないが大の大人が二人乗りするにはあの機体のコックピットは小さくて無理だ。第一、不整地への強行着陸自体リスクが大きすぎる。」
「・・・・・・・。」

全員が黙ってしまった。一刻を争う事態だが、誰も口を開こうとしない。そんな時、老人が恐る恐る言った。

「・・・郵便回収用のバルーンを救出には使えないか?」
「まだあったのかそんなもん。」
「それはそうと、使えるのか?」

整備士長と飛行場の管理者がそれぞれ口を開く。ガフェインは状況を飲み込めていないらしく2人の後に続いて言った。

「おい、どういう代物なんだ?そいつは。」

整備士長が答える。

「フルトン回収システムを知っているか?飛行士さん。」
「名前だけはな。」
「簡単に言えば、荷物にバルーンを付けて浮かべてそのバルーンを航空機に引っ掛けて人や物資を回収する方法だ。
昔は郵便回収用として使われてたが、ずいぶん前に廃止されてな。余ってたバルーンのラスト1個を今まで大事にしまいこんでた訳だ。」
「成程、これなら一人乗りの機体でも救出できる。これで行こう!」



「今回の具体的な救出プランだが、まずバルーン等の回収用装備を搭載して俺が捜索を行う。
装備は前のフライトでブーストをハードポイントごと捨てたからそのスペースを使う。
ジム・・・あー、遭難した飛行士を発見したら強制パージ機能を使って装備を投下し一旦飛行場に戻る。
飛行場でフックを取り付けて装備を投下した場所に戻り、バルーンをフックに引っ掛けて回収する。と、ざっとこんな感じだが何か質問は?」

飛行場の管理者が手を上げる。

「俺が知ってる方法じゃフックは飛行機の機首についていたぞ。あんたの機体でどうやって引っ掛けるんだ?」

ガフェインはあらかじめ答えを用意していたらしく、相手が言い終わるのを見計らって答える。

「少々変則的な方法を使う。で、それにはV字フックを胴体下に付けられるように改造する必要がある。」

一呼吸置いてガフェインが続ける。

「あと、回収した後だが救助した飛行士を機体内に収容できないから飛行場近くにクッション代わりとして雪を積み上げておいてくれ。
フックごとパージして何とかその場所に落としてみせる。」

飛行場の面々達も異存は無いようだ。

「危険だし不確定な要素もあるが、現時点ではこれに頼るしかないな。」
「指咥えて見てるよりやった方がマシだ。にしても、爺さんの貧乏性がここで役に立つとはな。」

救難信号の確認から3時間が経とうとしていた。



ジムは洞窟の出口近くで待機することにしていた。山の天気は快晴であっても油断できない事は経験上わかっている為、無闇に動き回るより風の弱い場所でじっとしている方がよいと考えていた。

「とはいえ、ちゃんと助けは来るのかね。」

非常食をかじりながらジムが呟く。実際、救難信号が誰かに届いているかもわからない。届いたところで助けに来る人間がいる保証も無い。当然不安は増していく。
空は相変わらずの快晴。これが2〜3日続けば歩いて人の居る場所にたどり着けるだろうか・・・。そう思い始めていた時、小さいが聞きなれた音が聞こえた。



ガフェインは一面の銀世界の上を飛んでいる。時折辺りを見回して人の痕跡を探すが、足跡一つ見つからない。燃料もそろそろ限界に近い。引き返そうと視線を前に戻すと、山の麓の辺りに煙が立っているのが見えた。雪の白さの中で良く目立つ赤色の発炎筒の煙だ。

「見つけた、見つけたぞ!フック装着の準備をしておいてくれ!」

飛行場へ通信を入れると発炎筒の付近に装備を投下し、飛行場へと折り返す。



ジムは投下されてきた装備に駆け寄った。パラシュートを退けて棺桶サイズの箱を開けると中にはバルーンと、それを膨らます為のヘリウムガスのボンベ、バルーンのロープと体を繋ぐハーネス、極地用防寒着、レーダー発信機が入っていた。発信機に電源を入れ、紙に簡単に書かれた説明通りに準備を進めていく。
ふと紙の裏に目をやると、『寒いし(多分)痛いから気合入れとけ』とだけ殴り書きされていた。

「寒いはわかるが痛いって何だよ痛いって。」



飛行場でフックの装着と燃料の補給を済ませたガフェインはレーダーを頼りに先程の場所へと向かっていた。正面の方角に暗雲が立ち込めている。なんとか吹雪になる前に回収したい。
レーダーの圏内に回収位置が入り、その後すぐに目視でも確認できる距離に入った。バルーンは空から丸さが判別できる程度に膨らんできている。

しばらくしてバルーンが膨らみ、空へ昇っていく。だが、同時に暗雲も近くまで迫ってきている。1、2回で回収に成功しないと吹雪に飲まれることになる。



「さあ揚げたぞ、準備も覚悟も完了だ!とっとと引き上げてくれ!」

ジムは揚がっていくバルーンを見てガフェインの機体に向かって大声で叫ぶ。
ガフェイン機は速度を落としつつバルーンに接近する。接近してみると胴体下にフックがついている。斜め下前方に向けられた尖った一本のフックはまるで蜂の毒針のようだった。ジムの脳裏に嫌な想像がよぎり、顔が青くなる。

「ハハッ、まさかそんな事をするわけ・・・」

コックピット内でガフェインが叫ぶ。

「残念ながらそのまさかだ!」

尖ったフックはバルーンを串刺しにし、ジムを引きずらないようガフェインは緩やかに上昇をかける。

『嘘だぁぁぁぁぁぁぁ!!』

低速で飛んでいるのでかすかに悲鳴が聞こえるが、無視して飛行場に向かう。

ガフェインは失速寸前の速度を維持しながら飛行場に到着した。滑走路脇に雪を積み上げたクッションが見える。どうやら飛行場に居る全員をかき集めて作ったらしく、結構な長さになっている。ジムもまだ意識があればやろうとしている事は理解できるだろう。
速度と高度を下げつつ、限界まで速度を下げたところでフックをパージ。

『ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!』

悲鳴と共にジムが落ちていく。やはり説明書きに書いておくべきだったかな。
すぐにスロットルを上げ加速して上昇。下ではジムが落ちた場所に人が集まり救出作業が始まっている。
その後、人に気をつけて着陸した。



機体から降りると、担架で運ばれているジムの元へ走った。軽い凍傷と左腕を骨折しているが命に別状は無いらしい。意識もはっきりしている。ガフェインがジムに話しかける。

「地獄から戻ってきましたね。ジムさん。」
「フライパンの上から下に落っこちたようなもんだ。このバカ野郎。」

そっけない言葉で返すが、顔は笑っていた。

「ったく、あんな無茶しやがって、下手すりゃお前も危なかっただろ。何の為にここまで。」
「いや、あの時の奥さんへの伝言の内容忘れちゃいましてね。もう1回聞かせてもらえませんかね。」

ガフェインがそう言うと、ジムはしばらく考えた後言った。

「・・・・・いいか、『俺は大丈夫だから心配するな』だ。今度は忘れるな。」



第15話へ続く


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