第13話「凍土からの声」


男は自分の手すら見えない暗闇の中で目を覚ます。

「ここは・・・どこだ。」

手探りで辺りを調べると、自分が飛行機の操縦席に座っていることがわかった。

「俺は・・・どうしてこんなところに・・・?」

口から冷たい空気を吸い込み、体内で温められた息を吐き出すたびに、思考が明瞭になっていく。頭の中に浮かぶ自分の名前、仕事、家族、そして・・・。

「俺は・・・・・。」

自分に何があったのか。

「俺は・・・死んだのか?」

誰も居ない暗闇に向けて問いかけるが、無論言葉は返ってこない。
だが、誰に何と言われたとしても、自分は死んでいるはずなのだ。あの状況―落石に接触してエンジンが死に、操縦も利かなくなった。仮に不時着できたとしてもそこは雪山で、しかも猛吹雪だった。助かる要素が考え付かない。
だとするとここは死後の世界だろうか。天国か地獄か、それともそんなもの最初から存在しないのか。
ガフェインは無事だろうか。俺が死んだと聞いたら妻はどんな顔をするのだろうか。
そんな考え事をしていると、静寂を破るように腹の音が鳴る。笑い出しそうになった。

「死者でも腹は減るのか?」

座席の下に入れてあった保存食を取り出そうと手を入れると、何か硬いものに触れた。引っ張り出してみると、どうやら懐中電灯のようだ。電源を入れ辺りへ向けてみる。
どうやらこの暗闇は洞窟の中だったようだ。成程、俺はまだ生きているらしい。確かに洞窟の中なら生きていても不思議ではない。
落石に接触して頭を打ち、意識が段々と遠のいていった後、風に流されて洞窟の中に不時着したのだろう。

「あの世には嫌われたわけか・・・。」

命拾いしたのならまずは脱出だ。なるべくなら自分の葬式が始まる前に人の居る場所にたどり着きたいものだ。
機体から食料と飲料水と発炎筒、それと救難信号の発信機を取り出す。

この発信機を見るのも久しぶりだ。A島中部で消息を絶った飛行機乗りが1週間後に惨殺死体となって発見された事件を機に、諸島の飛行機乗り全員に購入と装備が義務付けられた物だ。対衝撃の上に年1回の機体検査で一緒に検査されてるから動かない事は無いだろう。
当時は余計な出費が増えると文句を言っていたが、まさかあれから7年経って使う機会が来るとは。
あの頃市長に一緒に文句言いに行った連中は皆この山に眠ってやがるっていうのに。

感傷に浸りそうになるが、まずは生き残るために外に出なければならない。
まず来た道を戻る方法だが、これはパスだ。外に出たとしても雪山の真っ只中。歩いて帰れば拾った命を無駄にするだろう。
だとすると、洞窟の奥へ進んで出口を見つけるしかない。
懐中電灯で辺りを照らして道を探してみると、洞窟の奥へと続く道が見えた。洞窟の奥は人一人が通るには十分な広さで、地中の水分も凍っているらしく落盤の心配も無さそうだ。
ジムは装備の確認を済ませると洞窟の奥へと歩いていった。

30分程歩くと行き止まりにたどり着いた。行き止まりの壁に触れてみると、この壁は雪で出来ているようだ。どうやら先日の吹雪で埋まったらしく、あまり硬くは無い。これならばいけると雪の壁を掘り進む事にした。

10分程掘り進んだがまだ出口は見えてこない。そろそろ体力も限界だ。だが、右手で雪を掬い取った先がかすかに明るくなった気がした。懐中電灯を消してみると、外から差し込む光が雪を通り抜け青白く光っている。もしやと思い、青白く光る部分を渾身の力で殴る。すると拳は外まで抜け、拳で空けた穴から外が見えた。



B島の巨大山脈の麓の飛行場、そこで翼を休める鳥がただ一羽。

『ガフェイン大丈夫?死んだりしてないよね?生きてるんだよね?』

電話に出た瞬間に何を言い出しやがる。

「お前は死人と話ができるのか?死んじゃいねぇよ。」

少なくとも今は、と付け足そうとしたが、余計な混乱を煽りそうなので口には出さなかった。

『戻ってきた人たちから、ガフェインとジムさんがそのまま向かったって聞いたから心配してたのに、無事に着いたのならすぐに連絡寄こして!』
「すまんすまん。どうも機体降りたら眠くなっちまってな。ま、俺はこの通りピンピンしてる。ちょっとひと滑りしてきたところだしな。」
『人の気も知らないで・・・心配で昨日の夜眠れなかったこっちの身にもなってよ!』
「あー、まあ無事にここまで来れたんだしいいじゃねぇか。ところで、そっちの様子はどうだ?」
『昨日戻ってきた人たちが、今日の天候なら大丈夫だって言ってまた山越えに出発していったけど。』

確かに窓の外は昨日とは打って変わって快晴だ。昨日よりは山越えも多少楽になるだろう。昨日よりは・・・。

『ところで、ジムさんは大丈夫?諸島でもかなりのベテランだし、ガフェインもついてたんだから大丈夫だと思うけど。』
「・・・・・・。」

やはりジムの安否を聞いてきた。直接墜落した所を見たわけではないが、あの状況下では生存は望めないだろう。
だが、その事を口に出そうとしても言葉が出ない。実際、人の死を誰かに伝える時には選ぶべき言葉が見つからない上に、選んだ言葉ものどの奥でつっかえて中々出てこないものである。

「飛行士さん、すぐに来てください!」

答えあぐねている時に後ろから声をかけられる。

「おいセリーナ、そういう事だから切るぞ。」
『あ、ちょっ・・・・・・。』

電話を切ったガフェインは呼ばれた方へと向かう。そこには飛行場の職員が数人集まっていた。その内の一人に声をかける。

「何があった。」
「あっ、飛行士さん。それが・・・今さっき救難信号を確認しました!」



第14話に続く


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