第11話「山麓の渡り鳥たち」
B島南岸の山脈の入り口に位置する飛行場、そこで翼を休める鳥たちが数羽。
医者の話によると、重病人であった少女はガフェインの届けた薬の効果もあり快方に向かっているという。
ガフェインは格納庫で自分のできる限りで機体の整備を行っていた。
固定気流を使った急加速で機体にかなり負荷が掛かっているはずだ。だが、こんな辺境の飛行場では整備士の数も限られている。ただ整備の順番を待っているのもじれったい。だから自分で見られる所は自分で見ているのだった。
「ふう、こんなもんかな。」
久々に自分で整備をしたが、自分で機体を整備するのは意外と大変なものだ。そういう面ではセリーナにすっかり頼りきっていたらしい。
セリーナはいつも機体を直すたびに、ここが壊れていただとか、ここを弄った、ここを取り替えたなど詳しく説明してくれていた。まあ、半分は聞き流していたが。
とにかく、やっぱり腕の良い整備士が恋しいな。俺より機体のことを熟知している様だし。でも流石にセリーナを乗せて飛ぶわけにもいかないが。
ガフェインがそう考えていたとき、A島の方角から大型機が滑走路に滑り込んできた。大型機は滑走路に降り立つとそのまま駐機場まで進んでいく。こんな辺境に輸送機サイズの大型機が来るとは珍しい。物資の輸送でもあるのだろうか。駐機された輸送機から見知った白衣の男が駆け出してきた。
「ああ、あなたは昨日の飛行士さんですか。昨日は薬を届けてくださって本当に感謝しています。」
出てきたのは昨日の医者・・・ガフェインが薬を届けた少女の父親だった。
「ああ、あんたか、という事はあの大型機はあんたのか?」
「はい、私実は医者がいない地域を回りながら治療を行なっている者で、あの飛行機は輸送機を改造して医療設備を載せたいわば病院機なんです。各地を回っている途中、この諸島を回って診察をしていたときに娘がこの土地の風土病に罹ってしまって、治療薬の材料を集めるためにA島まで向かったのですが、移動の際の負担を考えて娘はあえてB島に置いてきました。でもまさかあんな事態になるとは・・・・。もしあの場にあなたが居なかったら今頃どうなっていたか・・・・。ああ、お礼といってはなんですが・・・」
「まあ、いいじゃないか。それより早く娘さんに会いに行ってやれよ。」
「あ、はい、本当にありがとうございます!」
男は深々と頭を下げてから飛行場の施設へと走っていく。ガフェインはそれを見てため息をついた。
「はあ・・・・・」
話長げぇよ・・・。いつまで語るつもりだったんだよ。
「な〜にボサっとしてるの?」
突然後ろから頭を小突かれる。
「痛てぇな!誰だ!」
小突かれた場所を押さえながらガフェインは振り向いた。
「あれー?あたしの声もう忘れちゃったの?ちょっとショックだなー。」
ガフェインの目の前にはA島に居るはずのセリーナの姿が。
「セリーナ!?どうしてここへ。」
「あの後“これからB島に行くけど一緒に乗っていきませんか?”って言われたから乗せてきてもらったの。」
さっき言いかけていた“お礼”ってこのことか。まあいいタイミングではあったな。機体のチェックでもしてもらうか。自分でやったままじゃどこか不安なところもあるし。
セリーナは話を続ける。
「それで、ここに来る途中に変な乗り物を見たんだけど。ヘリコプターみたいに上にローターが付いているんだけど、テイルローターは見当たらなかった。あれってどうやって飛んでるのかな?ガフェイン、なんか知らない?」
セリーナの問いに少し考えてから答えるガフェイン。
「ああ、そりゃ多分オートジャイロだな。オートジャイロっていうのはヘリコプターと同じ回転翼機に分類されるけど、構造的には異なっている航空機なんだ。
ヘリコプターは動力によってローターを直接回転させるが、オートジャイロの場合は上のローターは駆動しておらず、飛行時にはプロペラなどのほかの動力によって前進する。
前進によって起こる相対的な風をローターに受けさせて、それによってローターを回転させて揚力を生み出し飛行するんだ。
あれに何か動力を生み出す物は付いてなかったか?」
ガフェインの問いかけにセリーナは思い出したように言った。
「あ、そういえば後ろに小型のジェットエンジンみたいなものが付いてた。あれで前に進んでたんだ。かなり早かったなあれ。」
「ジェットエンジン付きのオートジャイロっていうのも珍しいな。俺は何度かオートジャイロを見る機会があったが、見たところプロペラで前進するタイプが主流だったな。昔はよく作られてたらしい。最近はオートジャイロの生産自体が少なくなっているって聞いたが、どこかの会社が新しく作ったものなのかな?」
「へー、そういう乗り物もあるんだ。っていうかここら辺って一昔前の航空機とか多いよね。」
「確かにな。ジムの愛機もソードフィッシュだし、港町の方ではMe-262やF4Uコルセアを見たし。意外にここら辺って昔いろんな国が航空機の部品とかを隠してたのかもな。辺境ってことで戦場にはならなかったから、何かを隠すにはもってこいの場所だしな。」
「そこら辺の山奥探してみたら旧ノースポイント軍の零戦とか震電とかが出てきたりして。ちょっと探してくれば?」
「いくらなんでもそれは無いだろ。まあ、とりあえず機体の整備してくれ。自分でやれるところはやったが、久しぶりに自分でやったからちょっと心配なんだ。」
「あ、うん。任せといて。」
機体の整備はセリーナに任せ、ガフェインは飛行場の施設へと歩いていった。
ガフェインが施設のロビーに入ると、思いつめたような顔をしてジムがソファに座っていた。ガフェインが声をかける。するとジムはゆっくりこちらを向いた。
「ガフェインか、どうした?」
「どうしたも何も、そんな思いつめたような顔してたら誰だって心配になりますよ。」
「そうだな・・・・・・。」
ジムはそう言ってまたうつむいてしまう。この空気はいけないな。なんとかしないと。
「前話してくれた昔の仲間の事ですか?」
「それもあるが、もう一つ心配な事があってな。」
「もう一つ?」
「A島に居る妻の事だ。あいつは俺がこの諸島に来た頃に知り合った仲だ。俺が初めてあの酒場に入ったときに顔面にビール瓶が飛んできたことがあって、そのビール瓶をずっこけた拍子に俺の顔面にクリーンヒットさせたウエイトレスが今の妻だ。何回か酒場に来るうちにお互い意識するようになってな。まあ、その度にあいつのドジに付き合わされていたんだが。」
「ジムさん・・・意外とドジっ子が好みだったんですね。」
「ほっとけ。それで俺の昔の仲間たちもその頃に知り合ったんだ。9人で飛んでいたからあの頃は今よりずっと賑やかだったな・・・・。だが、B島に渡って巨大山脈に挑んだんだが、挑むたびに1人ずつ減っていった。目の前で仲間たちが残骸になって散っていくのを俺は8人分見てきた。今でもたまに夢に見る。その度に、次は自分の番じゃないかって思うんだ。だが、散っていった仲間の為にも俺はあの山脈を越えなければならない。しかし、もし自分が死ぬような事があれば、妻を一人ぼっちにすることになる。」
「それでいまいち思い切りが付かないんですか。」
ガフェインの言葉にうなずくジム。
「そうだ、今の俺には失うものが多すぎる。妻を一人ぼっちにはさせたくない。だが、散っていった仲間たちの想いは誰かが受け継がなければならない。といっても、もう俺しか居ないがな。」
「他にいますよ。目の前に1人。」
「・・・お前の事か。」
「仲間の想いは仲間が受け継がなくてはならないというなら、俺が10人目の仲間になりましょう。他人には語りたくないような悲しい過去を聞かせてくれたということは、心のどこかで俺を仲間と認めてくれているという事だと思います。だからその気持ちに応えたくなったんです。『仲間』との想い。一緒に連れて行きましょう。」
「ああ・・・・ありがとう・・・・・・・・・。」
普段は饒舌で、だが決して弱みを見せないような男が、この場では他のどんな言葉よりも重みのある声で感謝の言葉を口にしていた。
ジムが宿へ向かって行く頃にはあたりはもう暗く、月明かりに照らされた山脈だけがくっきりと見えていた。
明日は眼前にそびえる巨人、巨大山脈に挑む事になる。
第12話に続く
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