第10話「固定気流」
ゲーム内ステージ説明
この諸島独特の変化の激しい気候を生み出す
原因とも言える固定気流。
気流の中はいくつもの風の流れが交錯しているが、
短時間でA島とB島を行き来するために
この気流を利用し、風の流れをねじ伏せることは、
飛行冒険家たちの間での腕試しともなっている。
昼過ぎ、A島北部の飛行場にて。
しまった。寝過ごした。
ガフェインはもう明るくなっている窓の外の景色を見ながらそう思った。昨日は月見酒を楽しんでいてつい遅くまで飲んでしまった。そのせいでセリーナまでまだ眠ってしまっているようだ、しかもなぜかガフェインの傍で。そのうえ、いつもは忘れずに入れる目覚まし時計のスイッチを入れ忘れてしまい、このように昼過ぎまで完全に熟睡していたのだった。
「やっぱり誰も居ないかぁ。」
一緒にB島に向かう筈だった他の飛行機乗りたちにも置いてけぼりを食ってしまい、途方に暮れるガフェイン。その傍で未だ眠りこけるセリーナ。
「むにゃむにゃ・・・・・・・もうたべられまへん・・・・・・・。」
まったく能天気な事で。しかしここまで見事に寝坊するとは思いもしなかった。これは追いつくのに少し時間がかかりそうだ。
セリーナを起こし、機体の出発準備を頼んでおく。日はもう高く昇り切り、後は段々と西の空に降りて行くだけである。
すぐに出れば夜にはB島に着けるはずだ。そう考えていた矢先、医者らしき白衣の男が慌てながら走り寄ってきて、息を切らしながら言った。
「急いでB島までこいつを届けてくれないか?」
いきなりな頼みで状況が見えない。困惑しているガフェインをよそに男は続けて言った。
「B島に重病人が居るんだ。その病気の薬の調合のためにここに滞在していて、やっとのことで完成したんだが、連絡によると容態が急変して危険な状態らしい。なんとか日没までに薬を届けてくれ!」
「日没だって?もう日が傾きかけてるじゃないか!いくらなんでも無理じゃないのか?」
時刻はもうすぐ午後5時を回る。日没まであと1時間半ほどしかない。
「なんとか頼む!その病人は・・・・・・・・私の娘なんだ・・・・。」
男はガフェインにしがみつきながらその場にへたり込んでしまう。
しかしいくら何でも時間が無さ過ぎる。Bf-109ではたとえブーストフル使用・最短距離で向かっても3時間はかかる。1時間で向かうには最低でも900〜1000km/hの巡航速度が必要だ。ジェット戦闘機でも使わない限り1時間ほどでB島まで向かうのは無茶な話だ。
いや、待てよ・・・。確かA島とB島の間には固定気流があったはずだ。あれを使えば短時間でB島まで向かえるかもしれない。だが、危険な上に日没までに到着できる保証は無い。どうするか・・・・・畜生、ここで迷っていてもしょうがない。こうなったら・・・・・。
「おい、おっさん。」
呼ばれた男は顔を上げてガフェインを見る。
「こいつを届ければいいんだよな。離陸の邪魔だ。さっさと滑走路からどいてくれ。」
「ああ、そうだ。すまない、頼んだ!」
男は目から大粒の涙を流していた。ガフェインは不意に後ろを向いて大声で言った。
「おいセリーナ!こんなところで聞き耳を立ててるってことは機体の準備はもう終わったんだよな!」
そこには盗み聞きがバレて驚いているセリーナの姿があった。
「ふえっ!?・・・あ、うん。今すぐにでも飛び立てる状態にしておいたよ。」
「上出来だ。今すぐ出る。格納庫を開けてくれ。」
ガフェインはそう言うと機体に飛び乗り滑走路まで出た。滑走路の端からこちらを見ている男に親指を立てて『心配するな』と合図を送り、フルスロットルで加速していく。
離陸速度まで到達するまでの時間がとても長く感じた。
「このままじゃ埒があかない。あれを使うか。」
ガフェインはそう言うと操縦桿に取り付けられたトリガーを引く。その瞬間、ブーストによってガフェインの機体は轟音と共に凄まじいまでに加速し、ガフェインの体はシートに押し付けられた。あっという間に飛び去っていく機体から、役目を終えたブースターが1本パージされて滑走路近くに落ちていった。
「くそ、いくらなんでも強すぎだ!セリーナめ、俺を圧死させるつもりか!」
しかし、ブーストによる急加速で一気に上空まで昇る事ができた。高度1000メートル。そろそろ固定気流に差し掛かるはずだ。うまく気流をつかめればいいが。
するとガフェインの眼前に信じられないものが現れた。
「なんだ・・・・・これが・・・固定気流・・・・なのか・・・?」
前方には筒状の風の流れが見えていた。・・・・・見えていた?そんなバカな!肉眼で確認できる程の気流だと!?下手をすれば機体が壊されかねない。
しかし日没までにB島に向かうにはこの気流を利用するほか無いのだ。考えている時間は無い。
「ええい!”後は野なれ山となれ”だ!突っ込め!」
覚悟を決めたガフェインは気流の中に突っ込んだ。するとガフェインはブーストを使ったときと同じ、あるいはそれ以上の力でシートに叩きつけられた。
一瞬視界がブラックアウトしかける。
「がはっ!・・・・くっ、こ・・・これは・・・・・すごい・・・」
乱れそうになる機体の安定と意識を必死で保ちながら、ぐんぐんと加速していく機体。まだ飛んでいられるからどうやら機体は壊れていないらしい。
加速の圧力がいくらか収まってきたとき、ガフェインはふと速度計に目をやる。1380km/h・・・・1390km/h・・・・1400km/h・・・・1410km/h・・・・。つまり今このBf-109は音速を超えて、さらに加速し続けているわけだ。確かにこれなら日没までに着くことができるかもしれない。
機体は本来の飛行速度のおよそ三倍以上の速度で、夕焼けで赤くなり始めた空を駆け抜けていった。
・・・・・・時刻 6:00 日没まであと30分程
もう太陽が水平線に届こうとしている。未だB島の影は見えない。時間を考えればもうすぐ着くはずだ。
雷雲の真ん中を吹き飛ばすようにして吹いている固定気流の中を抜けながら疾走していく。気流の側面のどこかから機体を出そうものなら、たちまち気流の内外の速度の差で出した部分がへし折られるだろう。気流の側面から機体を出さないように注意して飛行していく。
しばらくして、B島の影が見えてきた。
・・・・・・時刻 6:20 日没まであと10分ほど
「何!病人だと!?」
先ほどB島に到着したばかりのジムたちの一行はここで重病人について知らされていた。薬はつい1時間ほど前に完成したらしい。
「薬はA島にあるんだな?間に合うがわからんが取りに行こう。」
ジムと一緒に着いた飛行機乗りがそう言った時だった。
「おい、病人はどこだ!」
突然ガフェインが入ってきた。その手には薬のケースが握られている。驚く一同をよそにガフェインは奥へ案内される。
少ししてからガフェインが戻ってくると、ジムたちは唖然とした顔で言った。
「お前、どうやって薬を持ってきたんだ。あそこからだとお前の機体では3時間はかかるのに。」
「どうやったんだ?魔法でも使ったって言うのか?」
次々と浴びせかけられる質問に対してガフェインは言った。
「なあに、固定気流を使って一っ飛びしてきただけだ。まあ、もう勘弁だがな、あんなのは。」
ガフェインはそういうと外の空気を吸いに出て行った。
見上げると、寒々としたB島の空。ところどころに雪が見えるその景色の遠く向こうに、巨大な山脈がそびえていた。
第11話に続く
一つ前にどもる