第9話「想い」


「どうしてお前がこんなところに居るんだ?」

起きて早々ガフェインが発した言葉はそれだった。港町で待ってるように言ったつもりだったが、どういうわけか今自分の目の前に彼女が居る。

「待ってるだけっていうのも落ち着かないし、できれば機体の状態も見ておきたいと思って・・・・・・・。」

確かにセリーナのバックアップを受けられるというのは非常に頼もしいが、危険な場所には連れて行きたくない。
ここはまだ安全だが、B島に乗り込んでからはそうもいかないかもしれない。

「まさかこのままついて行く気じゃないだろうな。」
「できればそうしたいな。心配だし・・・・・・。」
「機体がか?」

セリーナの表情が一瞬ムッとした様になる。

「っ・・・・確かにそれもあるけど・・・・・・・・・もういい!」

セリーナはそう言って部屋から出て行ってしまった。何なんだ一体。

軽めのもので朝食を済ませた後、ガフェインが暇つぶしがてら飛行場に行ってみる事にした。飛行場には飛行機乗りがちらほら見られる。
どうやら俺と同じB島を目指す連中らしい。その中に見知った顔を見つけたので声をかける。

「ジムさん、どうですか調子は。」
「ガフェインか、聞いたぞ。遺跡を見つけ出したんだってな。すごいじゃないか!」

もう話が伝わっているのか。やはり古参の情報網は侮れないな。しかしどこから情報が漏れたのやら。

「ここに居るって事は、ジムさんもB島を目指すんですか?」
「当然だ。この諸島の飛行冒険家ならB島の山脈越えに挑戦しないとな。」

寒冷な気候で知られるB島の特徴の一つである標高2000m以上の山からなる巨大山脈。
この山脈に挑む事はこの諸島の飛行冒険家の間での一種の腕試しともなっている。ジムは続けて言った。

「それにあの山脈には何度も挑んでいる。いつも引き返して戻ってしまうんだがな。」

ジムはこの諸島に挑む飛行冒険家の中でも最古参に位置する人物だ。
毎年十数人の死者(実際は行方不明だが、敢えて死者と表記しておく)が出るこの諸島で、彼がここまで生き延びてきたのは臆病だからではないだろう。だとすると、彼は状況を正確に読み取る目を持っている。つまり、どんな状況でも引き際が読める人物なのだ。
だが、そうだからこそ解せない事もある。

「なら、もっと推力のある機体に乗り変えないんですか。」

高高度まで上る必要のある山脈越えでは、彼の愛機―ソードフィッシュ Mk-1―のような非力な機体ではかなり難しいだろう。本来、このような地形に挑むための機体ではない。現に、ジムの功績は推力より運動性が要となる地形の多いC島方面でのものをよく聞く。

「いや、それはしない。」
「どうしてですか、何か変えられない理由でもあるんですか?」

ジムは声のトーンを少し落として言う。

「・・・・あそこで俺と同時期に来た仲間がたくさん死んだ。そしてこいつは仲間と一緒に飛んでいた頃からの愛機なんだ。だから、散っていった仲間たちの想いがこの機体には詰まっている。そいつらのためにも俺はこの機体で山脈越えを成功させなければならない。」

そうだ、だからこそ彼はこの機体で挑むんだ。そして、想いを遂げるために無茶をして死ぬわけにはいかない。
死んでいった仲間全員の想いを山脈の頂に届けなくてはいけない。しかし、その考えが彼の挙動を鈍くしているのではないか。仲間に対する強い想いがあるからこそ、彼は思い切った行動が出来ないのではなかろうか。
先ほど「彼がここまで生き延びてきたのは臆病だからではない」と考えたが、本当は仲間への想いのせいで臆病になってしまっているのではないだろうか。
だとしたら、彼はこれからも引き返し続けるだろう、何度も・・・何度も・・・。

「ジムさん。」
「なんだ。」

ガフェインはとっさに言おうとした事を口に出すのをためらう。少なくとも今言うべき事ではないかもしれないから。

「・・・・・・・・今度こそ、山脈越え、成功させましょう。」
「言われなくてもそのつもりだ。でもありがとよ。」

そう言ってジムは去っていく。しかし、すぐに引き返してきた。

「そういえばガフェイン、お前があの遺跡で見つけた地図、ちょっと見せてくれないか?」

シリアスな話題の次にこれか。まあ、気持ちはわからなくはないが。

「残念ながら断片ですよ。少なくともあと2・3枚同じような断片を見つけない限り、どうやって行くかなんてわかりません。別に独り占めする気もありませんけど。」
「本当か!じゃあ早速見せてくれ。」
「もうコピーしたものを宿の廊下に貼り付けてありますよ。あと港町の方にも送っときました。」
「そうか!ちょっと見に行ってくる。ガフェイン、マジでありがとう!」

そう言ってジムや周りで聞き耳を立てていたらしい連中が嬉々として宿の方向に走っていった。
辺りには誰もいなくなりその場に一人取り残されたガフェイン。とりあえずセリーナの様子でも見に行ってみるか。

格納庫の中に入ってすぐセリーナを見つけた。声をかけるが、気づいていないのかこちらに背を向けたまま返答が無い。もっと近寄って声をかけるが黙々と機体の調整をしているだけで振り向こうともしない。

「セリーナ。」

もう一度呼びかける。だが返事は無い。なるほど、朝の一件のことか。

「セリーナ、ごめん。よく考えもせずに物言ってお前を傷つけて。」

するとセリーナから向こうを向いたまま返事が返ってきた。

「本当に反省した?」
「ああ、これからは気をつける。絶対だ。」

それを聞くとセリーナはいきなり笑い出した。セリーナの突然の行動にあっけに取られるガフェイン。セリーナは笑いながら言った。

「どう?びっくりした?大体あんたとは長い付き合いなんだしこのくらいのことで口聞かなくなるほど怒るわけ無いじゃん。ちょっとからかってみただけ。」
「ちょ、おま、じゃあさっきまでのは演技だったのか?」
「ん〜、半分くらいそうかな。でもちゃんと謝ってくれたときは嬉しかったよ。」

ああ、やられた。でも機嫌は直ってくれたみたいだな。よかったよかった。

「機体の調整はもう終わったよ。明日は長い飛行になりそうだからね。」

明日はいよいよB島に乗り込む事になる。長距離の海上飛行だが一緒に向かう連中もいるから退屈はしないだろう。
セリーナと格納庫から出ると辺りはもう真っ暗になっている。ふと空を見上げるとそこには三日月が綺麗に輝いていた。

「月でも見ながら久々に一緒に飲むか。」

普段は飲まない酒もこんな日なら美味いかも。

「酔った勢いとかいって変な事したら蹴り倒すからね。あんたが全然酔わないの知ってるんだから。」
「お前にか?ねーよwww」

直後、何もしていないのに蹴飛ばさることになるのであった。



第10話に続く


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