第4話「港町にて(その1)」


前回の移動から3日経ったある日の午後。ガフェインは港町をブラブラと散策していた。
あの後、格納庫の手前で止まってしまった機体を飛行場の面子にも協力してもらって何とか入れることが出来たのだが、その代わりあちこちに機体をぶつけてしまいかえって修理箇所を増やす結果となってしまった。
その結果、全部の箇所の修理には一週間かかってしまうと言われたのだ。まあ、その暇を使って色々と情報集めをしていたのだが。

D島の周囲には常に巨大な積乱雲が存在し、冒険者たちの行く手を阻んでいる。しかもその積乱雲は強力であるばかりか、地形や海流などの影響を受けて常に同じ位置に留まり、なおかつ勢いも衰える事が無い・・・・・・・。
ここまでだとD島へ向かって飛ぶのは一見無謀のように思えるが、実は巨大積乱雲には数箇所に小さな切れ目があるらしいのだ。
D島を囲む巨大積乱雲は一見すると一つの積乱雲にしか見えない。だが、実は数個の積乱雲がD島の周囲に集まって一つの雲に見せているだけだったのだ。だからその間を飛び抜けてしまえばヴィルドバルにたどり着く事ができるかもしれない・・・ということらしい。
しかし、その小さな雲の切れ目を見つけることは難しく、依頼主に協力してもらい衛星からの画像を提供してもらったが、切れ目を見つけることは出来なかった。
だが、参考のためにヴィルドバルにまつわる古い伝承を漁っていたときに、手がかりを見つけたような気がした。以下はガフェインがそれを意訳してみたものである。

【その昔、ヴィルドバルより新しい地を求めて飛び出したヴィルドバルの民は、
舞い降りた地の民に学を与え、技術を授け、人としての心構えを説いた。
だが、悪者がヴィルドバルへと赴き、その技術や財産を自分の物にしようと企んだ。
そのため、ヴィルドバルの民たちはヴィルドバルへと向かうための地図を幾つかに裂き、
それぞれ近くの島に隠してしまった。悪者たちは地図を持たずにヴィルドバルへと向かったため、
嵐に飲み込まれてしまいましたとさ。めでたしめでたし。】


単なる民話なので信憑性に欠けるが、もしヴィルドバルへの安全なルートを示した地図があるとしたら、無謀に突っ込むよりそちらを探す方が明らかに良い。
さらに聞いた話では、この近くには大昔にヴィルドバル人たちの作った遺跡が存在し、それらは当時の人間には絶対にたどり着けない場所にあるという。
いままでに手に入れた情報を統合すると、十中八九それらの遺跡に地図はある。
今のところ気になる場所は、今いる町の北方向、湖と海を繋いでいると噂される地下の大空洞である。
目星がついたのだからすぐにでも行きたいが、あいにく機体は修理中。
しかもあと最低でも4日間はここで立ち往生することになる。今は待つしか出来ない。
だから暇になり、こうして町をブラブラと歩いているのだ。
この町はA島の中心部に位置し、港や飛行場などもある為、船乗りや飛行機乗りの姿を多く見る。
もちろんヴィルドバルを目指すといって息巻いている連中も多い。
酒場に入って、そうした連中の間を縫って空いた席へ座る。
近くで話している男の話の内容を聞くと、ガフェインが集めた情報のほとんどは彼らの間では常識に近い情報のようだった。
地図の在り処についても様々な憶測が飛び交っていたが、遺跡にあるという説が有力そうだった。そんな時、誰かが大声で言った。

「おおっ、列車から給油なんかやった命知らずのお出ましだ。」

周りの視線が一斉にガフェインに集中する。どうやら想像以上に話が広がっているらしい。周りがざわつく中、一人の男が近づいてきた。

『よう、俺はジム。この辺りでは一番昔からヴィルドバルに挑んでるんだ。よろしくな。』

どうやら古参の方のお出ましらしい。ガフェインは挨拶を返す。

「ガフェインです。よろしく。」
『噂は聞いていたが、随分見所がありそうじゃないか。あんたもヴィルドバルに挑戦しようってんだろ?』
「ええ、いま機体の修理中で暇だったので情報を集めていたんです。それもあらかた終わっちゃったので暇なものですよ。」

短い会話を交わすうちに周りの人々の噂がガフェインに関するものに変わっているのに気がついた。

『なんでも給油ホース繋いだまま陸橋をくぐったらしいぜ。』
『列車の後ろについてトンネルに入ったって話もあるぞ。』

調子に乗ってやっちゃった事だから否定できない。どうしよう。

『それで燃料タンクに穴開けられた後、キレて穴あけた原住民の野郎どもをプロペラで斬り刻んだらしいぞ。』

・・・・・・・・・・え?

『聞いた聞いた。それであいつの機体のプロペラからはまだ血のにおいが取れないらしい。』

ちょ、ちょっとまて、なんでそんなに話が残虐モードな方向へ飛躍しているんだ。俺そんな事してないぞ!
だいたいそんな事出来るわけ無いだろ。ちょっとは疑えよ・・・・・・・。
自分の信じられない噂で唖然としていると、それを遮るようにジムが声をかけた。

「すっかりヒーローだなガフェイン。」
「暴力シーンやグロテスクな表現が含まれるイメージのヒーローですけどね。」
「そう凄むなよ。せっかくだから一緒に飲もうぜ。」
「いいですけど・・・・・・・・・・。」

ガフェインは消極的そうに答える。それを見てジムは察したような顔で言った。

「ははーん、お前さては下戸だろ。」

ちなみに下戸というのは酒に弱い人のことである。

「別にそうじゃありませんけど・・・・・・・・。」
「よし、じゃあ俺と飲み比べだ。俺は酒に強いぞ。どうだ。」
「・・・・・・・・わかりました。俺でよければ。」


『(何なんだ一体、こいつは・・・・・・。)』

酔ってふらつく視界の中でジムはそう思った。さっきから同じ酒を飲んでいるのだが、何杯飲んでもガフェインは顔色一つ変えない。
最初と同じペースで何杯も飲んでいる。もうすでにビン20本近く飲んでいる。あいつ実は水飲んでるんじゃないのか?

「もうやめたほうがいいんじゃないですか?」

ガフェインの問いかけにジムは首を横に振る。しかし、ジムは内心、勝てないことが分かっていた。
ガフェインが不安そうにジムを見る。するとおもむろに酒の入ったビンを持ってきて。そして言った。

「このままやり続けるとあなたの体が心配になってくるのでこれで終わらせますよ。」

ガフェインはそう言うと酒ビンの栓を抜き、水みたいに一気に飲み干した。
それを見たジムはこう思った。

『(嘘だろ・・・・・・・・。あいつの体には一体何ガロン入るっていうんだ・・・・・・・・。

普通酒にかなり強い奴をウワバミとか呼ぶが、あいつはもうウワバミを通り越してヤマタノオロチとかなんじゃないのか・・・・・・・・・。
お、俺はなんていう化け物に飲み比べを挑んじまっ・・・・・・・・・・・・・・・・。)』
ジムはそのまま酔いに耐え切れずテーブルに倒れこみ気絶してしまう。

「あーあ、またやっちゃったよ。これだからあまりやりたくなかったのに。」

ガフェインはジムの顔を叩いて起こそうとしながらそう言った。

「しょうがない、外で水でもぶっかけるか。」

そしてガフェインはジムをおぶって店の外へと出て行く。
一人の女がそれを店の中から見つめていた。
明らかに周りの男臭い雰囲気とは違う視線であった。


第5話へ続く


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