プロローグ「退屈の終わり」


ある夏の日の午後、家の中で男が一人、退屈そうにゴロ寝していた。
しばらくして男は呟く、

「暑い・・・・・疲れた・・・・・・・何もしたくない・・・・・・。」

とはいってもやる事なんて無いが。

彼・・・・・ガフェイン・ブルフィンチは昼間からゴロゴロしてはいるが決して『働いたら負け』とかほざいているタイプの人間ではない。
これでも一応「飛行冒険家」という職業を持っており、ちゃんと生計を立てている。やる事が無いのは、愛機であるBf-109をオーバーホールに出し、その間依頼を全て断っているためである。
とはいっても今日まで暇だった訳ではない。友人の結婚式やら親戚の葬式やらであちこち駆けづり回っていたのだ。お陰で18歳で独立してから一度も会いに行かなかった家族と久しぶりに対面できたのだが。

「家族・・・・・・か。」

ガフェインは久々に再会した父親に言われた事を思い出していた。

 『自分の事ばかりしていないで他の事にも目を向けたらどうだ。聞けばお前の友人にはもう結婚したやつもいるそうじゃないか。まあ、お前は次男坊だし、まだ20歳だから急いで結婚しろとは言わないが、自分の事ばかりやっていて気がついたら三十路超えてましたじゃ笑い話にもならんぞ。』
「ったく、余計なおせわだっつーの。」
 『仕事がうまくいかなくなったり嫌になったら何時でも帰って来い。仕事の手伝いくらいはさせてやる。まあ、親兄弟を2年も放っておくようなやつに人並みの仕事が出来るとは思っていないがな。がははははは!』
「・・・・・・・・・嫌になったら・・・・・か。」

ガフェインはその言葉に引っかかりを感じていた。
別に強制されてこの職業に就いたのではない。むしろ子供の頃からの夢だった。だが理想というのは模型雑誌などに掲載されている上手な人の作ったのジオラマのようなもので、自分で作ってみたとしても必ず雑誌に掲載されている通りに作れるわけではないのだ。
子供の頃憧れていたのは、「大冒険の末にまだ見ぬ秘境を見つけ出す」といういかにも子供向けの漫画の主人公のような存在だった。だが、飛行機が発達し、人工衛星が地球の隅々まで見張っているような今のご時勢では前人未到の秘境なんて存在する筈も無く、ただ依頼を受けて曲芸飛行をしたり上空から地形図に使う写真を撮ったりするくらいであって、ただ惰性で続けているようなものだった。まあ、この仕事のお陰でスモークを引くのはかなり上手くなったが。
だから何度もやめようかと悩み、依頼を全く受けなかったときもあった。だが、そういう時に限って実家の近くに住んでいる幼馴染、セリーナ・ビショップから電話がかかってくるのだ。子供の頃、ガフェインとセリーナは近くに住んでいたため、色々と接点が多かった。確かに開業したとき電話番号を教えたが、まさかこんなに多い頻度で掛かってくるとは思わなかった。しかも、「ガフェイン、ちゃんと続けられてる〜?でも電話に出られるなら少なくとも餓死寸前ではないね。はははッ。」とか「ようガフェイン、まだ生きてるか?」など、どっかで聞いたようなフレーズも含めて正直ちょっとムカつく内容のものが中心である。
だが、そのお陰でいままで続いてきたのかもしれない。小馬鹿にされた事への反発として。

「なんかあいつ思い出したら今回もやめる気にならなくなっちまったな。まあ、今回はあいつに馬鹿にされる事にはならなかったが。」

そういったことを考えている時、電話がかかってきた。受話器を取り、相手の声に耳を傾けると、愛機の整備を任せていた飛行場のベルッケ爺さんのようだ。どうやらオーバーホールは済んだ様だ。いつものように整備の出来について長々と自慢しているようだがここは得意の空返事で乗り切ろう。いちいち聞いていたら耳から離れなくなる。こうしてガフェインは時々相手の話にあいずちをうったり、聞いた事を繰り返すなどしていたのだが、それにしても今回の話は長い。すでにいつもの2倍は話している。爺さんに何か良いことでもあったのだろうか。それとも不治の病に罹って余命が残り少ないとか。どっちにしろいつまで聞いていても仕方ないので、思い切って聞いてみた。

「なあ爺さん、今日の話はかなり長いが・・・・医者に余命でも宣告されたか?」
『阿呆!ワシはまだまだ死なんよ。』
「だったらあれか?何かうれしい事でもあったか。」
『ああ、、最近ワシにも弟子が出来てな。こいつがすごい事すごい事!お前さんと同じぐらいの年だが手先は器用だし、態度も良いし。なにより素質がある。人を病人扱いするどっかのクソガキとは大違いだ。』
「悪かったな。どっかのクソガキで。でもたしか植物の中には枯れかけの時に種子を残す物もあると言うしなぁ。」
『あんまりおイタが過ぎると鈍器の様な物でお前さんの機体をぶっ壊すぞ。』
「・・・・・ごめんなさいごめんなさいゆるしてください機体だけはご勘弁を!」

鬼だ。この爺さんは鬼だ。そういえば今は機体を人質に取られてるも同然だった。これ以上からかうとあの爺さんは本気でやりかねない。

『ふん。まあ、良いだろう。お前さんの機体にはさっき話した弟子にも触らせた部分があるしな。研修に使わせてもらったから半額にしてやるよ。もちろんワシもチェックしたから大丈夫だぞ。』

どうやらその弟子のお陰で助かったらしい。なんだか整備の方は少し信用できないが爺さんがチェックしたのなら大丈夫だろう。

「いつもありがとうな、今度一緒に飲もう。」
『ああ、たっぷり奢らせてもらうぞ。』

誰も奢るとは・・・・と言いかけたところで電話が切れる。それにしてもあの気難し屋の爺さんに弟子入りするとは、変わった奴もいるものだ。他にマシな所が見つからなかったのか、どうしても何かの理由で爺さんのところでなくちゃならなかったのか。
考え事を制止するようにまた電話が鳴る。ったく、今日は電話が多いな。まだ手の暖かさが残る受話器を再び取り、声に耳を傾ける。

「もしもし・・・・・・・・・・・・おおローグ、久しぶりだな。で、今日は何だ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何?・・・・・・・・・・・・・・・本当か。・・・・・・・・・よし、わかった。で、場所は?・・・・・・・・・・・そうか。教えてくれてありがとうな。また話そう。」

ガフェインは受話器を置くと他の物には目もくれずに何かを準備し始めた。その様子は明らかに退屈だと嘆いていた普通の仕事の準備ではなかった。


退屈な時間は唐突に終わりを告げる


第1話に続く


一つ前にどもる